- 讲师:刘萍萍 / 谢楠
- 课时:160h
- 价格 4580 元
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こんなこともいう。
「しかし、母親はりっぱなのだろう。若い女房や童女など、京のよい家にいた人などを何かの縁故からたくさん呼んだりして、たいそうなことを娘のためにしているらしいから、それでただの田舎娘ができあがったら満足していられないわけだから、私などは娘も相当な価値のある女だろうと思うね」
だれかがいう。源氏は、
「なぜお后にしなければならないのだろうね、それでなければ自殺させるという凝(こ)り固まりでは、ほかから見てもよい気もちはしないだろうと思う」
などといいながらも、好奇心が動かないようでもなさそうである。平凡でないことに興味をもつ性質を知っている家司(けいし)たちは、源氏の心もちをそう観察していた。
「もう暮れに近うなっておりますが、今日はご病気が起らないですむのでございましょう。もう京へお帰りになりましたら」
と従者はいったが、寺では聖人が、
「もう一晩静かに私に加持をおさせになってから、お帰りになるのがよろしゅうございます」
といった。だれもみなこの説に賛成した。源氏も旅で寝ることは、はじめてなのでうれしくて、
「では帰りは明日にのばそう」
こういっていた。山の春の日はことに長くて徒然(つれづれ)でもあったから、夕方になって、この山が淡霞(うすがすみ)に包まれてしまった時刻に、午前にながめた小柴垣のところへまで源氏は行ってみた。ほかの従者は寺へ帰して惟光(これみつ)だけを供につれて、その山荘をのぞくと、この垣根のすぐ前になっている西向きの座敷に、持仏(じぶつ)をおいてお勤めする尼がいた。簾(すだれ)をすこしあげて、そのときに仏前へ花が供えられた。室の中央の柱に近くすわって、脇息(きょうそく)の上に経巻をおいて、病苦のあるふうでそれを読む尼はただの尼とは見えない。四十ぐらいで、色はひじょうに白くて、上品に痩(や)せてはいるが頬(ほお)のあたりはふっくりとして、目つきの美しいのとともに、短く切り捨ててある髪の裾(すそ)のそろったのが、かえって長い髪よりも艶(えん)なものであるという感じをあたえた。きれいな中年の女房が二人いて、そのほかにこの座敷を出たりはいったりして遊んでいる女の子どもが幾人かあった。その中に十歳(とお)ぐらいに見えて、白の上に淡黄(うすき)の柔らかい着物を重ねて向こうから走って来た子は、さっきから何人も見た子どもとはいっしょにいうことのできない麗質をそなえていた。将来はどんな美しい人になるだろうと思われるところがあって、肩の垂れ髪の裾が扇を広げたようにたくさんでゆらゆらとしていた。顔は泣いたあとのようで、手でこすって赤くなっている。尼さんの横へ来て立つと、
「どうしたの、童女たちのことで憤(おこ)っているの」
こういって見あげた顔とすこし似たところがあるので、この人の子なのであろうと源氏は思った。
「雀(すずめ)の子を犬君(いぬき)が逃がしてしまいましたの、伏籠(ふせご)の中において逃げないようにしてあったのに」
たいへん残念そうである。かたわらにいた中年の女が、
「またいつもの粗相(そそう)やさんがそんなことをしてお嬢様にしかられるのですね、困った人ですね。雀はどちらの方へ参りました、だいぶに慣れてきてかわゆうございましたのに、外へ出ては山の鳥に見つかって、どんな目にあわされますか」
といいながら立っていった。髪のゆらゆらと動くうしろ姿も感じのよい女である。少納言の乳母と他の人がいっているから、この美しい子どもの世話役なのであろう。
「あなたはまあいつまでも子どもらしくて困った方ね。私の命がもう今日明日かと思われるのに、それはなんとも思わないで、雀の方が惜しいのだね。雀を籠(かご)に入れておいたりすることは、仏様のお喜びにならないことだ、と私はいつもいっているのに」
と尼君はいって、また、
责编:刘卓
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