当前位置:首页 > 全部子站 > 解放军文职 > 解放军文职专业 > 日语

物有り混成し(「道」のありかた(1))

来源:长理培训发布时间:2017-08-12 18:49:33

   何ものか一つにまとまったものがあって、天と地よりも以前に生まれている。

  静まりかえって音もなく、おぼろげでいて形もなく、何ものにも頼らずに独立して不変であり、どこまでもひろくへあぐって止まることがない。それは、この世界のすべてを生み出す母だと言えよう。
  わたしはそのほんとうの名を知らないから、仮りの字をつけて「道」とよぶ。そして、むりにその字から考えた名まえをつけて「大」とよぶ。大であればどこまでもひろがり進んでゆく。どこまでも進んでゆけば果てしなく遠になり、遠になればまたもとに反ってくることになる。
  そこで、「道」が大であるように、天も大、地も大、王もまた大である。つまりこの宇宙のなかには四つの大なるものがあって、王はその一つを占めているのだ。
  人は大地のありかたを模範とし、大地は天のありかたを模範とし、天は「道」のありかたを模範とし、「道」はそれ自身のおのずからなありかたを模範としている。
  物有り混(渾)成し、天地に先んじて生ず。寂たり寞たり、独立して改らず、周行して殆まらず。以て天下の母と為すべし。吾れ其の名を知らず、これに字して道と曰う。強いてこれが名を為して大と曰う。大なれば曰に逝く、逝けば曰に遠く、遠ければ曰に反る。
  故に道は大、天も大、地も大、王も亦た大なり。域中に四大有り、而して王は其の一に居る。人は地に法り、地は天に法り、天は道に法り、道は自然に法る。
  有物混成、先天地生。寂兮寞兮、独立不改、周行而不殆。可以為天下之母。吾不知其名、字之曰道。強為之名曰大。大曰逝、逝曰遠、遠曰反。
  故道大、天大、地大、王亦大。域中有四大、而王居其一。人法地、地法天、天法道、道法自然。
  万物の根本であり始源である「道」を説く章である。さきの第二十一章や第四章と関係が深い。
  「混成」は渾成の意味で、すべてをつつみこんで一つにまとまっていること。混乱の意味にみて、「道」をカオスの状態で考えるのはよくない。とらえどころのないものではあっても、そこにおのずからな秩序だったものがある、「道」とよぶのはそのためであろう。「殆まらず」と読んだのは佁の仮借字とみたもので、『校釈』に引く羅運賢の説。「周行」と意味がよく合う。ふつうは「危うからず」と読まれる。「天下の母」は 帛書甲·乙本では「天下の母」とあり、傅奕本や范氏本とも合うが、「天下の母」ということばは第五十二章にもあるから(帛書も「天下」)、底本のままに従った。「大なれば曰に逝き」より以下の三句は、さきの「周行して殆まらず」といわれた「道」の大きな働きを詩的幻想的に説いたもの。遠くの果てまで進んでそれがまた戻ってくるというのは、老子流の復帰の思想にもとづいている。第十六章「万物は並び作こるも、吾れは以て復るを観る」である。「四大」は道と天と地と王である。インドでは地·水·火·風を四大とする考えがあるが、それは中国思想では木·火·土·金·水の五行思想に相応する。この四大は『老子』だけのもので、「王その一に居る」として王を強調しているのは、とくに特色がある。『老子』の現実的な立場をよく示しているが、この王が理想人の代表として道を体得した王であるべきこと、もちろんである。「人は地に法り」以下の四句では、最後の「道は自然に法る」の句がわかりにいく。「道」は『老子』において最上窮極の模範であるはずなのに、その上にまだそれが
                                            

责编:刘卓

发表评论(共0条评论)
请自觉遵守互联网相关政策法规,评论内容只代表网友观点,发表审核后显示!

国家电网校园招聘考试直播课程通关班

  • 讲师:刘萍萍 / 谢楠
  • 课时:160h
  • 价格 4580

特色双名师解密新课程高频考点,送国家电网教材讲义,助力一次通关

配套通关班送国网在线题库一套

课程专业名称
讲师
课时
查看课程

国家电网招聘考试录播视频课程

  • 讲师:崔莹莹 / 刘萍萍
  • 课时:180h
  • 价格 3580

特色解密新课程高频考点,免费学习,助力一次通关

配套全套国网视频课程免费学习

课程专业名称
讲师
课时
查看课程
在线题库
面授课程更多>>
图书商城更多>>
在线报名
  • 报考专业:
    *(必填)
  • 姓名:
    *(必填)
  • 手机号码:
    *(必填)
返回顶部