樹博士

樹博士がこの章について、「老子はある神秘的経験を説こうとしたと考えられる」といい、「かすかな光を目あてに手さぐりで進んでゆく瞑想者(めいそうしゃ)の描写と受け取れる」と述べたのは正しい指摘であると思う。

  世界の万象(ばんしょう)をつらぬく真実の根源者は何か。それを「道」だというだけでは無意味なことである。天といい、神といい、仏といってみても同じである。それが何であるかは、自分でさぐりあててそれをわがものにすること、あるいは自分をそこに参入させて一体となること、いわゆる体認が必要であろう。しかも、得られそうで得られない、どこまでもおぼろげなままで、無物の世界に帰ってゆく。そして、ついにあるとき「道」に到達すると、過去も

未来もない、万物の始源がそのままに現在をささえているという真相が明らかになるのだ。

  「夷」「希」「微」は同韻で発音が近く、ほとんど無いにひとしいかすかなこととして意味も共通している。「夷」は、『列子(れつし)』天瑞(てんずい)篇にみえる「太易(たいい)」の易と同じ・万物の初め、「気と形と質とが備わって未分の状態」とされ、「形将(かたち)なきなり」といわれる。「希」は第四十章。に「大音(たいおん)は希(き)声(せい)」とあるのと同じ。「これを搏(とら)うるも」の「搏(はく)」の字は、『説文解字』で「索(さく)持(じ)なり」とあり、段玉裁(だんぎょくさい0の注に「索持とは、摸索(もさく)してこれを持つなり」とあるのに従った。

  「故より混じて」の「故」は「ゆえに」と読むのがふつうであるが、因果関係が明晰(めいせき)でないから、ここでは「固」の借字(しゃくじ)と考えた。「夷・希・微」の三つの性質がそれぞればらばらに追求できるものではなくて

、もともと本来まじりあって一つになっている、というので