「トヨタはね,バカの集まりだったんですよ」。トヨタ自動車生産調査部出身のあるOBの方は,実に話がうまい。冒頭にいつも,聞いている方が「どういうことだ?」と疑問に感じたり,不思議に思ったりする内容を端的に言葉にして引き付ける。後に世界一の自動車メーカーにまで成長する企業に集っていた社員に対し,いくら仲間だったとはいえ「バカ」呼ばわりするなんて…。
などといぶかしげに思っていると,しばらくして丁寧に説明してもらえた。このOBが語る「バカ」とは,「熱意のある人」「クルマの技術に一徹な人」という意味を含み,冒頭の表現は次のように言い換えることができるそうだ。
「かつてのトヨタの社員はね,自分がいわゆる「頭の良い人間」であるとは思っていなかったんですよ」。
自分は頭が良いと思っている人は,まさか自分が間違っているとは思わない。そのため,周囲の意見を聞かずに突っ走っていく。これに対し,トヨタ自動車の社員は,「どうせ自分はバカだから,教えてください」と素直に頭を下げて教えを請うことをためらわないというのだ。「答えを聞いてなんぼ。それが,お客さまのため」と考えるらしい。周囲のいろいろな意見を集め,それを参考に自分で考えて答えを出す。それが結局は顧客志向につながっていくと分かっているからこそ,あえて「頭の良い人間」であろうとは思わないということのようだ。
ただ,これは頭脳の明晰さというよりも,「謙虚さ」を説いているような感じがした。頭の良さにかこつけた傲慢さによって,大切な顧客志向のものづくりを見失うな,という教えである。
だが,「バカ」をテーマにこのOBが話してくれた内容はこれだけではなかった。経験から言えることとして,「頭の良い人ばかりでは,良いクルマは造れない」とも語ったのだ。
曰く,ものづくりは「バカ」が引っ張っていく。頭の良い人にはついて行きにくいということが,日本人の心情としてあるのではないか。頭の良い人がリーダーであると,メンバーは自分が馬鹿にされないようにと構え,失敗しないようにと手堅いアイデアや意見しか言わないようになりがちだ。結果,乏しい発想しか出てこず,うまくいかない。
ところが,「バカ」が一生懸命に何かに取り組んでいると,周囲の人間は軽い気持ちで参加できる。むしろ,不器用な所などを目の当たりにして,「なんとかしてやろう」と手伝いたくなるのが日本人の人情のようだ。ダメでもともとという状況で取り組むと,発想が最大限になる。こうして少しずつ成果が出てくると,「あいつのために,もう一丁,頑張ってみるか」と考えるようになってくる。つまり「共鳴」するようになるのだ。こうして,トヨタでは数々の良い技術や製品が生まれていった──。
こうした人をあえてイメージするなら,「トヨタグループ創始者の豊田佐吉氏であり,ホンダの創業者の本田宗一郎氏だ」とこのOBは言う。共に優れた技術者であることは言うまでもないが,それだけでなく,周囲を巻き込んでいく不思議な魅力も備えており,良い製品を生み出してきた。その結果として,企業も大きく成長していったということだろう。
しかし,なぜ「頭の良い人」が「バカ」に負けてしまうのだろう。頭が良いのなら,良いものづくりを実現するために,周囲を巻き込むことの重要さなど簡単に気付きそうなものだ。
これについて,OBは次のように説明した。
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日文版般若波羅蜜多心經
奥运会四年一届的理由
《皆の日本語》
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「頭の良い人」は高感度のラジオのようなもので,雑音が入るからだ。あることに取り組んでいる途中で,「こっちの方がものになりそうだ」という情報が入ってくると,すぐにそっちに行ってしまう。「頭が良い」だけに,「自分がどれだけ出世するか?」という情報に敏感に反応してしまう。途中で,何かをやらずに済む言い訳を見つけた場合でも,すぐにやめてしまう。「バカ」が自分の出世なんかどうでもよいと考え,しばしば寝食を忘れてでも粘り強く取り組む姿勢とは,正反対である──。
このOBは,ただひたすら試行錯誤を繰り返し,理屈を解明しながら造り上げていく「ものづくり的思考」が,優れた製品を開発する上でいかに大切かと説いた。「頭の良い人」が往々にしてそのことを忘れてしまい,そうではない人がそれを備えているのは不思議だが,このOBがトヨタ自動車で働いた何十年の経験から,確かにこうした傾向が言えるそうだ。
興味深いのは,このOBは「今やトヨタは一流会社になってしまったために,他社との間に入社してくる社員の差はない」と心配していることだ。かつてとは違って,いわゆる「頭の良い」学生ばかりがトヨタに集っているとしたら…。このOBもまた,「優秀な学生ばかりは要らない」と考えている1人のようだ。
このOBの主張が本当に正しいかどうか,私には分からない。ただ,良いものづくりを遂行するには何が必要なのかということを,深く考えさせてくれる材料を提供してくれているのではないかと感じている。
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